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大目次 (詳細目次はこちら)
1 はじめに
2 発音について
付論 蓮華王院宝蔵本における表記の改悪について
――貫之自筆の『土左日記』を想像する―
3 古典的なアクセント
4 理論的考察(I)
5 用言のアクセント
6 動詞のアクセント(Ⅰ)
7 形容詞のアクセント(I)
8 理論的考察(Ⅱ)
9 動詞のアクセント(Ⅱ)
10 形容詞のアクセント(Ⅱ)
11 助動詞のアクセント
12 助詞のアクセント
13 単位を定義する
14 まとめに代えて
目次[大目次へ]
1 はじめに
2 発音について
a 要点
i 清音
ⅱ 濁音
ⅲ 撥音
ⅳ 促音
v 長音
ⅵ 拗音
ⅶ 東京語を話す方々に
ⅷ まとめ
b 解説(はじめに)
c 解説(ワ行転呼、ヤ行転呼)
d 解説(お、を、いろは歌)
e 解説(ハ行転呼)
f 解説(サンスクリット)
g 解説(過剰修正)
付論 蓮華王院宝蔵本における表記の改悪について――貫之自筆の『土左日記』を想像する――
a それらは自筆本ではないと見られる
b 二番目の男
c それならば初拍は
3 古典的なアクセント
4 理論的考察(I)
a 下降拍の長短
b 下降拍の短縮化
c 図書寮本『名義抄』の差声方式について
5 用言のアクセント
a 序論
b ひそやかなつながり・動詞における
c ひそやかなつながり・形容詞における
d 東京語のアクセント
6 動詞のアクセント(Ⅰ)
a 昔の東京のアクセントが参考になる動詞
i 高起動詞
ⅱ 低起動詞
b 昔の東京のアクセントも参考にならない動詞
i 高起動詞
ⅱ 低起動詞
c 連用形が一拍になる動詞
d 東京アクセントが参考になる動詞
i 高起二拍の四段動詞
ⅱ 低起二拍の四段動詞
ⅲ 高起二拍の上二段動詞
ⅳ 低起二拍の上二段動詞
v 高起二拍の下二段動詞
ⅵ 低起二拍の下二段動詞
ⅶ 高起三拍の四段動詞
ⅷ 多数派の低起三拍四段動詞
ⅸ 三拍の上二段動詞
x 高起三拍の下二段動詞
ⅺ 多数派の低起三拍下二段動詞
e 四拍動詞
i 東京アクセントが参考になるもの
ⅱ 東京アクセントが参考にならないもの
7 形容詞のアクセント(I)
a 低起二拍形容詞
b 東京アクセントが参考になる高起形容詞
c 昔の東京のアクセントが参考になる高起形容詞
d 昔の東京のアクセントも参考にならない高起形容詞
e 低起三拍形容詞
8 理論的考察(Ⅱ)
a 低下力
b 「連用形一般(ロ)」
c 完了の「ぬ」の教えること
d 駄目を押す
e 柔らかい拍
9 動詞のアクセント(Ⅱ)
a 単純動詞についてのまとめ
b 上声点の解釈学
c 複合動詞
d ナ変のこと
e 少数派低起三拍動詞のこと
10 形容詞のアクセント(Ⅱ)
11 助動詞のアクセント
a 助動詞に特殊形なし
b 助動詞のアクセントの実際
i 完了の「ぬ」
ⅱ 完了・近接過去の「つ」
ⅲ 過去の「き」の終止形
ⅳ 過去の「し」「しか」
v む・じ
ⅵ まし
ⅶ らむ
ⅷ けむ
ⅸ らし
ⅹ ず・ぬ・ね
ⅺ けり
ⅻ 「めり」、伝聞推定の「なり」
xⅲ 断定の「なり」「たり」
xⅳ 存続の「たり」
xv 存続の「り」
12 助詞のアクセント
a 柔らかくない一拍の助詞
i に・を・が・は・て
ⅱ ば・ど・で
ⅲ 二種(ふたくさ)の「と」
ⅳ の
v つ
b 柔らかい拍を含まない二拍の助詞
i さへ
ⅱ つつ
ⅲ から
ⅳ だに
v まで
vi こそ
c 三拍の助詞
i ばかり
ⅱ がてら
ⅲ ながら
d 柔らかい一拍の助詞
i も
ⅱ し
ⅲ ぞ
ⅳ 禁止の「な」、詠嘆の「な」
v や
ⅵ か
ⅶ よ
ⅷ へ
ⅸ (な…)そ
e 柔らかい拍を含む二拍の助詞
i より
ⅱ のみ
ⅲ もが
ⅳ しか
v 終助詞の「なむ」、係助詞の「なむ」
13 単位を定義する
14 まとめに代えて
1 はじめに [目次に戻る]
紫式部日記によれば、寛弘5年(1008)十一月にはすでに『源氏』の「若紫」(おそらく、わかむらしゃき。紹介文において申したとおり太字は高く言われることを意味します)の巻が成っていたようで、また治安元年(1021)にはすでに『源氏』の全体の成立していたらしいことが更級日記から知られます。また紫式部は970年代に生まれたと考えられています。
つまり『源氏』の成立した頃の京ことばの発音・アクセントとは、狭く申せば十世紀末から十一世紀はじめにかけての京ことば、西暦千年ごろの京ことばの発音・アクセントということです。平安時代のはじめの百年――ほぼ九世紀全体と重なる――を初期、その後の二百年弱――白河院政のはじまる1086年まで――を中期、残りのちょうど百年くらい――つまり院政期――を末期とするという一般的な区分法に従えば、西暦千年ごろとはつまり、平安時代中期の中ごろです。『源氏』をその頃の京ことばの発音・
アクセントで読むために必要な知識をまとめようというのがこの文章の趣旨ですけれども、ただ例えば『源氏』には「芥」(あくた)という言葉はあらわれないのですが(『源氏物語大成』や『源氏物語索引』〔岩波〕に拠ってもそう)、だからそんな言葉のことは考えないという姿勢をとるのではありません。知る人も多かろうとおり伊勢物語に「芥川」(あくたンがふぁ、ないし、あくたンがふぁ)という川の出てくる段がありますし(後に引きます)、古今和歌集(以下『古今』)にも「芥」があらわれますから(やはり後に引きます)、これは無視できない言葉です。「芥」は「あくた」と言われました。
例えば「蛙(かへる)」は平安時代の京ことばでは「かふぇる」と発音され(「かはづ」は「かふぁンどぅ」)、「帰る」の連体形は「かふぇる」と発音されました。「かえる」と「かふぇる」とでは発音が異なり、「かふぇる」と「かふぇる」とではアクセントが異なります。平安時代の京ことばの発音は、日本語史の概説書を見るだけでも、あるいはインターネットを慎重に活用するだけでも、かなりの程度わかります。平安時代の京ことばにおける名詞や副詞、動詞や形容詞の終止形などのアクセントは、『日本語アクセント史総合資料索引篇』(以下『総合索引』と略しますが、煩わしいのでかぎかっこは付しません)に集約されています。この文章も、近世の京都におけるアクセント、および近世の資料からうかがわれる中世の京都におけるアクセントの記述は、すべて総合索引に負います。ただ、同書もまた無謬の書物ではありません。そのほかの資料はおいおい紹介します。
西暦千年ごろの京ことばの、あるいはもっと広く言って平安時代の京ことばの発音とアクセントとでは、アクセントのほうがずっと記述しにくく、また身につけにくい。まずは当時の京ことばの発音のことから申します。
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